涅槃講和讃 その一

≪ 原 文 ・ 現代語訳 ≫

如来化導事おへて            釈尊の一代八十年のお導きが終わってしまい
婆羅林樹に隠れしに           サラ林にて入滅されてしまったので
衆生の明眼(みょうげん)消はてて    暗闇の私達を導いて下さる燈明が消えてしまい
長夜(じょうや)の闇ぞいと深き     長い輪廻の世界を進もうにも真暗闇です
阿難の七夢を顕して       阿難尊者が見た七つの夢について釈尊がその妄念を諭されましたが
生死の苦相現前す            私達はまさに今その妄念の世界を生きているのです
乞願はくは無上尊            どうか大恩教主釈迦世尊!
我等を捨(すつ)る事なかれ       私達を見捨てることなくお導き下さい
冥より冥に入ぬれば           無知の暗闇からまた暗闇へと私達は歩んでいきますので
佛法僧に逢がたし            有り難い仏の教えや聖者に逢う事が難しいのです
釈尊大利を施して            釈尊、どうか私達をお導き頂きまして
今度(このたび)苦しみ抜たまへ     今度こそ輪廻の苦しみから救って下さいませ
如来在世の當初(そのかみ)は      釈尊がこの世にいらっしゃったあの頃は
人天大會(にんでんだいえ)ことごとく  釈尊の教えに浴した全ての者が
生死の牢獄捨はてて           生まれ変わり死に変わる輪廻の苦しみから解放されて
解脱の宮にぞ遊びける          輪廻を脱した悟りの境地へと赴きました
我等其時しらざりき           しかし残念ながら私達はその時は知らなかったのです
いかなる悪趣に沈みてか      ああ、何という悪業によって釈尊を存じなかったのでしょうか!
大慈悲の利益にも           釈尊の広く大きな御慈悲にさえ
漏てはひとり留るらん          漏れてしまって一人この世に留まってしまったのです
罪業いかなる雲なれば          私達の罪は空にかかった厚い雲のように深く
佛の月輪(がちりん)かたもなく     仏という月が存在するにも拘らず見えなかったのです
生死はいかなる里なれば         生まれては死に輪廻を繰り返すこの世に
如来住事なかるらむ           釈尊が永遠にいらっしゃるはずがありません

≪ 語 句 解 釈 ≫
【化導】(けどう) 人々を教化して悟りに導きいれること
【明眼】(みょうげん) 目利き・聡明で物事に精通した人・物事の道理を見通せる人
【長夜】(じょうや) 凡夫が生死に流転して無明の眠りにさめぬ長い間
【阿難の七夢】    『阿難七夢経』にある阿難尊者が見た夢から釈尊がその妄念を諭したという逸話
【現前】(げんぜん) あらわれること・おこること
【無上尊】(むじょうそん) この上なく尊い人・仏の尊称
【冥】(みょう) 暗闇・無知
大利】(だいり) 大きな利益・衆生を利益すること・涅槃に入ること
【人天】(にんでん) 人間と神々・人間と天との世界の衆生
【大會】(だいえ) 説法の席・説法に集まっている多くの人々
【悪趣】(あくしゅ) 悪い所・悪業の結果として行かねばならない所
【罪業】(ざいごう)
【月輪】(がちりん) 月のこと