涅槃講式 表白

≪ 原 文 ≫

(伽陀)  拘尸那城跋提河  
      在娑羅林双樹下
       頭北面西右脇臥  
      弐月十五夜半滅

 南無大恩教主釈迦牟尼如来生々世々値遇頂戴

 敬って大恩教主釈迦牟尼如来、涅槃遺教八万聖教、娑羅林中五十二類 一々微塵毛端刹海 不可説不可説(ふかせっぷかせっ)の三宝の境界(きょうがい)に白して言さく(もうしてもうさく)
 それ法性は動静(どうじょう)を絶つ。動静は物に任せたり。如来は生滅なし。生滅は機に約せり。
 かの鞞瑟(びしゅ)長者、栴檀塔の中に常住の仏身を見、海雲比丘、大海水の上に普眼契経(ふげんかいきょう)を聞くが如きに至っては、誰れか歓喜の咲(えみ)を藍園(らんのん)の誕生に含み、痛惜の涙を双林の入滅に流さんや。

 ここに知んぬ。八相一代の化儀は、長眠(じょうめん)の群類を驚かす明燈、三百五十の諸度は、沈淪の諸子を渡す飛梯なり。その光照遠く末代に迄び、その済度闡提(せんだい)をも捨てず。
 嗚呼。憑(たのも)しい哉。快い哉。われら聞信の功徳あらば、長夜(じょうや)も将に暁けなんとす。結縁の善根あらば、苦海も当に渡んぬべし。これに依って、今月今日を迎うる毎に、四座の法莚を開演して、泣(なくな)く双林入滅の昔を恋い、慇(ねんごろ)に現在遺跡の徳を忍ぶ。且うは滅後弧露(ころ)の悲歎を慰めんがため、且うは当来値遇の大願を成ぜんがためなり。一一の旨趣を開くこと、後々の講席にあり。

 当座はこれ開白涅槃の初度なり。中に於て、入滅 荼毘 涅槃因縁 双林遺跡 発願廻向の五門を立てて、粗恋慕悲歎の旨を顕(あらは)す。

≪ 現 代 語 訳 ≫
(伽陀)  クシナ城の近く跋提河のほとり  
      サラの林の中の二対の木の間に
      北まくらで顔を西に向け右脇を下にし 
      釈尊は2月15日の夜半に入滅された

 生まれ変わり死に変わりして幾千万世を経ても大恩教主釈尊を礼し帰依致します。

 敬って大恩教主釈尊釈尊の残された八萬四千のみ教え、釈尊涅槃を聞いてサラの林に集まった五十二種類の菩薩・僧・人間・動物、そして一つ一つの非常に小さな髪の毛の先のような世界にまで及ぶどうしても言葉では説く事の出来ない有り難い三宝の悟りの境地に申し上げます。
 そもそも仏法の本性は物によって左右される様々な移り変わりを絶つものです。そして仏には本来は機根によって決まっている生も死もありません。真如とは不変、仏とは不生不滅なのです。
 『華厳経』においてビシュ長者が栴檀塔を供養して三世常住の仏身を拝したことや、同じく『華厳経』で海雲比丘が海辺に座って十二年間海を見続けた末に、海中から生じた仏が『普眼経』を説いたことのような有り難い故事を思えば、誰でもルンビニーでの釈尊誕生を祝っては喜び笑い、サラ林中での釈尊の入滅を悼んでは涙を流すでしょう。

 今私たちが思うに、釈尊の八相に代表される一代の教化お導きは、永く煩悩の迷いの眠りに就いた大衆の目を覚まさせる明るい燈明であり、三百五十の教化は、迷いの苦界に沈みゆく大衆を悟りの世界へと渡す雲のかけはしなのです。釈尊の光明は遠く末法の現代にまで及び、そのお救いはどんなに教化できない者にすら及びます。
 ああ本当に頼もしいことだ!ああ本当にありがたいことだ!釈尊の教えを聞き信じる功徳があれば、長い夜がまさに明けようとしているようにこの長く続いた迷いの世から救って頂けます。仏と縁を結ぶ善行があれば、この果てのない広く大きな海のような苦しい世の中も必ず乗り越えられるでしょう。以上のようなことで私たちは毎年2月15日を迎える度に、四座講式の法会を開いて釈尊の御入滅を、涙を流して恋慕し、丁重に現世の釈尊の仏跡の徳を讃えるのです。そして或いは釈尊滅後の主なき身である私たちの悲しみを慰めるため、或いは来世に釈尊に会うという大願を成就するために、今夜は釈尊の入滅を偲ぼうではないですか。一つ一つの趣意はこれから先の講席で述べます。 

 この座は開白の座で涅槃講式を述べさせて頂きます。涅槃講式は、御入滅・荼毘にふす・涅槃の理由・サラ林中涅槃の遺跡・廻向の五つに分けて、釈尊を恋い慕い入滅を悲しむことを明らかにします。

≪ 語 句 解 釈 ≫
【拘尸那城】 インドの北部クシナガラのこと 釈尊が前世に王としてこの地を治めていた因縁で入滅の場所となった
【跋提河】(ばつだいが;声明では「ばっだいが」) ガンジス川の支流
【生々世々】(しょうじょうせいせい) 生まれ変わり死に変わりして幾千万世を経ること
【値遇】 仏に会うこと 楽しませること
【大恩教主】 一切衆生を救う広大無辺な恵みの教えを示す主の意で釈尊のこと
【八万聖教】(はちまんしょうぎょう) 広大無辺の仏の教え、八万は数の無数に多いこと
【微塵】 非常に小さな 目に見える最小のもの
【刹海】(せっかい) 世界
【不可説不可説】(ふかせっぷかせ) どうしても説く事の出来ない
【境界】(きょうがい) 境地・対象・認識の及ぶ範囲・領域・状態・悟りの境地
【法性】(ほっしょう) 諸法の真実なる本性・万有の本体≒真如・実相
【動静】(どうじょう) 動的な側面(方便智)と静的な側面(般若智)
【鞞瑟長者】(びしゅ) 『華厳経』入法界品に登場する長者。安住長者ともいう(梵名;鞞瑟胝羅)善財童子が27番目に訪ねた居士。常に栴檀仏塔を供養し、法を分別し、衆生に顕現し、一切諸備を見知するという。
【海雲比丘】 同じく『華厳経』入法界品に登場する比丘。善財童子が3番目に訪ねた聖者。12年間の坐行の末に海中から出現した仏が『普眼経』を説いたという。
【藍園】(らんのん) 釈尊の誕生したルンビニー
【八相】(1)降兜卒 兜卒天から前生の釈尊が降誕
    (2)托胎 摩耶夫人の右脇から胎内に入る
    (3)出胎 4月8日ルンビニー園での誕生、「天上天下唯我独尊」と宣言する
    (4)出家 無常を感じて王族の生活を捨てて修行に入る
    (5)降魔 悟りを得る直前の釈尊の瞑想を悪魔が邪魔をするが悉く退散させる
    (6)成道 12月8日菩提樹の下で悟りを開く
    (7)転法輪 鹿野苑で五人の比丘に初めて説法をする
    (8)入滅 80歳でクシナガラの地で涅槃に入る
【化儀】 教化の仕方・手段
【諸度】 諸々の教化・救い・導き
【沈淪】 沈みゆくこと
【飛梯】 雲のかけはし
【闡提】(せんだい) 生死を欲して出離を求めない者・先天的に仏性をもたない教化しがたい者
【聞信】 教えを聞いて疑いなく信じること
【善根】 よい果報をもたらす善い行い・善行
【苦海】 苦しみの海・現実の世界
【法莚】(ほうえん) 法のむしろ、転じて法の為の説法や誦経の集まり
【現在】 この場合は現世の、この世の意
【弧露】 主なき身・ひとり身・身寄りがない人
【当来】 来世・来るべき世・死後の世界・未来
【開白】(かいびゃく・かいはく) 法会のはじめ・法会の初日