涅槃講式 第二段 その二

「涅槃講式 第二段 その一」http://d.hatena.ne.jp/kuzanbou/20110412/1302616164

≪ 原 文 ≫

 時に大迦葉(だいかしょう)、荼毘の所に至るに、聖棺自然(じねん)に開(ひら)けて、千帳(せんちょう)の白氎(びゃっじょう)及び兜羅綿(とらめん)、皆解散(げさん)して、紫磨黄金(しまおうごん)の色身を顕出(けんじゅっ)す。迦葉諸(もろもろ)の弟子とともに、これを見て、悶絶して地に躄(たう)る。悲泣供養じ已って、香水(こうずい)を灌洗(かんせん)し、白氎を纏絡するに、棺門即ち閉じぬ。迦葉偈を説いて悲哭するに、如来重ねて両足(りょうぞく)を顕し出したもう。千輻輪(せんぶくりん)より千の光明を放って、遍く十方一切世界を照す。迦葉偈を説いて、哀歎して白さく。

  如来は大悲心を究竟(くきょう)す。平等の慈光二つなく照す。
  衆生感あれば、応ぜざることなし。
  われに二足千輻輪を示したもう。
  千輻輪の中より千光を放って、遍く十方普仏刹(ふぶっせっ)を照す と。

 その時に双足(そうぞく)還って棺に入(い)り、封閉(ふへい)すること故(もと)の如し。

 その後に復七宝の大炬火を投ぐるに、皆悉く殄滅す。如来大悲力をもって、胸臆(くおく)の中より火出でて、漸々に荼毘す。七日を経て、妙香樓を焚焼す。その時の哀傷幾そばくそや。豈図りきや。満月輪(まんがっりん)の容(こうばせ)、忽に栴檀の烟(けむり)に咽び、紫磨金(しまごん)の膚(はだえ)、 (あぢきの)うも無余の焔に燋(こが)るべしとは。惜んで尚余りあり。悲んで亦窮(きわま)りなし。大衆の悲歎、良(まこと)に所由(ゆえ)ありをや。その後に、天人大衆、舎利を分ち取って、各本国に還って、競(きお)って供養を修す。

 およそ一々の悲歎、翰墨(かんぼく)の記する所に非ず。仍って各々恋慕渇仰(かつごう)の思を凝して、伽陀を唱え礼拝を行ずべし。

 (伽陀) 嗚呼大聖尊  
      釈迦入寂滅
      今但聞其名
      惜哉我不見

   南無大恩教主釈迦牟尼如来生々世々値遇頂戴

≪ 現 代 語 訳 ≫
 その時に托鉢で遠くの村に赴いており、釈尊涅槃に間に合わなかった第一の弟子、大迦葉尊者が戻ってきて荼毘の場所に駆けつけました。すると大迦葉尊者を待っていたかのように御棺が開いて、釈尊の体を何重にも巻いた布や綿が皆とけて、あの紫金色に輝く御身体があらわれたのです。大迦葉尊者は居並ぶ弟子たちと一緒にこの奇瑞を見て、悶絶して卒倒しました。しかしながら最後のお別れの悲しみの涙を流しながら供養し終わって、香水を以て釈尊の御身体を清めて、また白い布を巻いて御棺を閉じました。大迦葉尊者が泣きながら偈文を唱えると、釈尊は棺の中から両足を出されました。この仏足の千幅輪から無量の光明が放たれ、この十方世界をあまねく照らしました。
 この有り難さに、大迦葉尊者は哀歎の声をあげて偈文を申し上げました。

  釈尊は大悲の心を極められた!どんな者も等しく釈尊の慈しみの光明をもって照らします。
  我々衆生釈尊を頼る心さえあれば必ず感応するのです。
  釈尊は私たちに尊い御足の千幅輪を現わされました!
  この千幅輪から放たれる無量の光は遍く全ての仏国土を照らします。

 こう唱えた時に釈尊の両足は御棺にもどって入り、元通り蓋を閉じました。

 その後に大衆はもう一度七宝で飾った大たいまつを投げますが、またしてもすべて消えてしまいます。釈尊は心の中の衆生を憐れむ大悲の力を以て火をおこして、その火でゆっくりと荼毘にふされていきました。七日間、火は燃え続けて香楼を燃やしました。その火を見たときの大衆の悲しみはいかばかりだったでしょう。豈図らんや、あの釈尊の満月のような御顔はたちまち白檀の香りの煙に咽び、紫金色の肌はやり切れなくも炎に包まれてしまったとは!なんとも悔やんでも悔やみきれません。悲しんでも悲しみきれません。荼毘の後に参集した大衆は釈尊の舎利を分けてそれぞれ自分の国に戻って、競うように舎利を供養しました。
 それにしても大衆の悲しみは筆舌に尽くしがたいものです。さあ、皆釈尊への恋い慕う気持ちを一心に念じて、伽陀を唱えて礼拝しようではないですか!

  ああ尊い御仏、
  釈尊はついに入滅し涅槃に入られた!
  今からはただその御名前を聞くだけで、
  惜しいかな!私たちはもうお会いできないのです。

   生まれ変わり死に変わりして幾千万世を経ても大恩教主釈尊を礼し帰依致します。


≪ 語 句 解 釈 ≫
【大迦葉】(だいかしょう) 釈尊十大弟子の第一。摩訶迦葉とも。「頭陀第一」と称され、第一回仏典結集を主宰した。
【白氎】(びゃっじょう) 木綿の白い布
【兜羅綿】(とらめん) 軽い綿・白楊樹の花
【香水】(こうずい) 香のある水・香または花を入れて神仏に供える水
【千輻輪】(せんぶくりん) 如来の三十二相の一つ。足の裏にある紋で千の車幅を持つ車輪のようなもの
如来は大悲心を究竟す…】 唐・若那跋陀羅訳『大般涅槃経後分』巻下 機感荼毘品第三の偈文からの引用
【大悲心】 大悲の心・大いなる憐れみの心
【究竟】(くきょう) 究極の・極め尽くす
【慈光】 仏の慈しみの光明・衆生を導く慈悲の光
【仏刹】 仏国土・浄土
【七宝】 七つの宝・宝石 金・銀・瑠璃・シャコ・コハク・メノウ・水晶など諸説ある
【殄滅】(でんめつ) 残らず滅する
【胸臆】(くおく) 心の中
【妙香樓】(みょうこうろう) 「こうる」とも。釈尊の遺体を火葬する時、宝棺を置いた楼。香木よりなる。
【哀傷】 悲しみいたむ。悲しみ嘆く。
【満月輪の容】 釈尊の身体的特徴である八十種好にある面浄如満月を踏まえた表現
栴檀】 candana 香木の一種。芳香を発する
【翰墨】(かんぼく) 筆と墨、転じて書のこと
【嗚呼大聖尊 釈迦入寂滅 今但聞其名 惜哉我不見】 菩提流支訳『大宝積経』三律儀會第一之二の偈文からの引用